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「八十里越街道」2027年夏、いよいよ暫定開通予定

 

「八十里越」とは

「八十里越」は、新潟県三条市下田地区と福島県只見町を結ぶ歴史ある峠道です。
実際の距離は約八里(約32km)ですが、険しさから「一里が十里にも感じられる」といわれ、「八十里越」と呼ばれるようになりました。

北越戊辰戦争では、長岡藩家老・河井継之助が負傷した身でこの峠を越え、会津へ向かいました。継之助はこの峠で「八十里 こしぬけ武士の越す峠」と詠んだと伝えられています。
1970年に国道289号に指定されましたが、県境約20kmは長らく通行不能区間でした。1986年から始まった改築事業により11本のトンネルと10本の橋梁が整備され、約40年の歳月を経て、いよいよ、2027年夏、八十里越道路の暫定開通が予定されています。
 

 

河井継之助の足跡を巡る!主な観光ポイント

河井継之助記念館(長岡市)
河井継之助生家跡に建つ記念館です。
館内には河井継之助ゆかりの品々を展示しており、継之助や北越戊辰戦争の全体像を知ることができます。
また、継之助が暮らした当時の面影を残す庭も見どころです。

見学所要時間:約30~40分
 

栄涼寺(長岡市)
岡藩主・牧野家の菩提寺で、河井継之助や、継之助が仕えた長岡藩第12代藩主・牧野忠訓のお墓があります。
お参りをしつつ、継之助の足跡に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参拝時間:約20分
 
 

割烹 柳屋(見附市)にてランチ
北越戊辰戦争の激戦地となり、焼け野原となった見附市今町に建つ、寛政6年(1794)創業の老舗料亭です。

北越戊辰戦争の大火を免れた蔵の扉や、河井継之助が武器や弾薬の有無を確かめるために蓋を開けて検分したと伝わる鉄瓶が保存されています。

食事時間:約1時間
 

永閑寺(見附市)
1868年の北越戊辰戦争では、新政府軍(官軍)の本陣が置かれました。河井継之助率いる同盟軍による長岡城奪還作戦の際、今町は激戦地となり、本堂も焼失しました。

内部見学はご住職に事前予約が必要です。

外観見学:約10~15分・内部見学:約30分(要予約)
 

道の駅 漢学の里しただ(三条市)
八十里越の旅の新潟側の玄関口です。
館内には、下田地区で採れた新鮮な野菜や特産品が並びます。
中でもこの地域ならではのごんぼっ葉(オヤマボクチの葉)を使った手作り笹団子は連日完売する人気商品です。

所要時間:約20~30分
 

河井継之助記念館(只見町)
河井継之助は戊辰戦争で負傷し、会津若松へ向かう途中、只見の医師・矢沢宗益方で慶応4年(1868)8月16日にその生涯を閉じました。
館内には河井継之助や、司馬遼太郎の小説『峠』に関する資料を展示しているほか、継之助が最期を迎えた部屋を移築・展示しています。

見学所要時間:約30~40分
 

河井継之助の墓(只見町)
王寺の境内にある河井継之助のお墓です。
遺骨は戊辰戦争終結後に長岡へ運ばれ、栄凉寺に葬られましたが、このお墓は、火葬後に残された遺骨を村人が拾い集めて建立したものです。
新政府軍の目を欺くため、お墓と分からないように祠の形をしています。

見学所要時間:約15~20分